死に至る病

面白いこと何も言えません

シリアルキラー 2

 f:id:yuki-g-freak:20180221093859j:plain小学生になっても、僕は相変わらず図鑑ばかり読んでいたし、生き物への興味は尽きていなかった。もちろん、前述した通り遊びの対象としての興味である。
 
 幼児期には昆虫がメインだった遊びと言う名の殺戮行為は、少年期に移るに従い、しだいに爬虫類、両生類がメインになっていた。
 
 カエルの皮の剥きかたを覚えたのは2年生くらいのことで、それまでは一人でしていた殺戮も、複数の仲間と行うようになっていた。
 「あのなあ、カエルはなあ、足の根本に切り込み入れたら、そっから皮むけるんやで」と、仲間に説明しながら、生きたままカエルの皮を剥く。皮を向いたカエルは中の内臓が透けて見えるので、これが肝臓でこれが胃で...と考えるのが楽しくて仕様がなかった。これは紛れもなく知的好奇心の発展で、只殺すのではなく、仕組みを観察するというプロセスが加わった結果であった。
 
 そういった遊びを行うのは大抵樹上で、その木の窪みを使って、僕たちは生き物たちをペースト状にしていた。窪みの中に虫やカエルを入れて、木の棒で潰しながら掻き回す。そして、そういった行為は、今思えば仲間内での承認を欲する行為に他ならなかった。行為が残虐であればあるほど、仲間内では評価が高かった。そしてその年の詩の授業で書いた僕の詩のタイトルは「生きている」であり、無益な殺生の愚かさを痛烈に批判したものだったが、一体どんなつもりで書いたのか当時の自分に問いたい。
 
 ちなみに「生きている」は教育委員会に認められ、日高郡の詩集に掲載された。
 
 ある日、近所の茂みで僕はヘビを見つけた。1メートルは下らない大きなシマヘビだった。
 僕はヘビの尻尾をつかんで、西部劇の投げ縄の要領でブンブン振り回し、その勢いで地面に叩き着けた。したたかに地面に打ち付けられたシマヘビはたちまち動きが鈍った。
 僕は、力無く抵抗するヘビの頭をコンクリートブロックの上に乗せて、右手に持った石でヘビの頭を思い切り叩き飛ばした。
 ヘビはまだ動いている。そして首の切断面から、ビィーっと皮を剥いだ。
 ヘビは動かなくなった。身が美しい薄ピンクで、少し美味しそうだと思った。
 腹のなかを見てみると、薄い黄色で細長い楕円形の物体がいくつか連なっていた。卵だ。僕は何故かぎょっとして、不思議な感覚に襲われた。ばつが悪いような気持ちになった僕は、変わり果てたヘビとその子供たちを土に埋めて、石を重ねて墓標のようなものを作った。

 その夜、僕はヘビの夢を見た。内容は覚えていないが、ヘビの夢だった。悪夢にうなされ目を覚ましたのは、その夜が初めてだった。

 幼い好奇心に、罪の意識が芽生えた瞬間だった。